生徒の成績を最大30点上げたオンライン講師の基礎国語ブログ

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基礎文学史

【基礎文学史講座:38講】昭和時代の文学を押さえる

 こんにちは。

 「基礎国語ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「昭和時代の文学を押さえる」について話して行きます。

基礎国語ブログ9

授業をしている講師「前回は、大正時代の戯曲を押さえるについて話しました。大正時代の戯曲は、何があったかな

授業を受けている生徒「大正時代の戯曲は、1918年、鈴木三重吉が書いた「赤い鳥」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1918年、鈴木三重吉が書いた「赤い鳥」は、戯曲である。戯曲とは、何か簡単に説明しなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「戯曲とは、演劇の上演のために執筆された脚本や上演台本のかたちで執筆された文学作品のこと。なので、正解は、戯曲とは、演劇の上演のために執筆された脚本や上演台本のかたちで執筆された文学作品



授業をしている講師「正解。今回は、昭和時代の文学を押さえるについて話します。早速だけど、昭和時代の始まりと終わりは、何年だったかな

授業を受けている生徒「昭和時代の始まりと終わりは、1926年12月25日~1989年1月7日



授業をしている講師「そうだよね。今回だけで昭和時代の文学を勉強した場合、国語の文学史だけではなく、日本史の文化史の勉強をすることも嫌になる。なので、今回は、昭和時代の新感覚派を勉強する」

授業を受けている生徒「はい」

授業をしている講師新感覚派とは、何か分かるかな

授業を受けている生徒「新感覚派とは、第1次大戦後の西欧芸術思想の影響を受け、従来の自然主義的リアリズムに対して文学形式や文体上の革命を試み、感覚の斬新さを特徴の作品かな

授業をしている講師「そうだよね。昭和時代の新感覚派は、何があるか分かるかな

授業を受けている生徒「昭和時代の新感覚派は、1926年、川端康成が書いた「伊豆の踊子」かな

授業をしている講師「昭和時代の新感覚派は、「伊豆の踊子」以外に1つある。「伊豆の踊子」以外の1つは、1923年、横光利一が書いた「蠅」

授業を受けている生徒「なるほど」

授業をしている講師例えば、出典:「伊豆の踊子」と書かれ、「伊豆の踊子」の作者を答えなさい。また「伊豆の踊子」の作者の特徴を答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「「伊豆の踊子」は、1926年、川端康成が書いた。川端康成は、新感覚派。なので、正解は、川端康成・新感覚派

授業をしている講師「正解。今回は、昭和時代の文学を押さえるについて話しました。次回は、昭和時代の文学を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<昭和時代の新感覚派について>
「蠅」→1923年、横光利一が書いた

「伊豆の踊子」→1926年、川端康成が書いた

基礎国語ブログ2

【基礎文学史講座:37講】大正時代の文学を押さえる

 こんにちは。

 「基礎国語ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「大正時代の文学を押さえる」について話して行きます。

基礎国語ブログ9

授業をしている講師「前回は、今回は、大正時代の大長編小説を押さえるについて話しました。大正時代の大長編小説は、何があったかな

授業を受けている生徒「大正時代の大長編小説は、1921年、中里介山が書いた「大菩薩峠」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1921年に書かれた「大菩薩峠」の作者を答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「「大菩薩峠」は、1921年、中里介山が書いた。なので、正解は、中里介山



授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の戯曲を押さえるについて話します。早速だけど、戯曲とは、何か分かるかな

授業を受けている生徒「戯曲とは、演劇の上演のために執筆された脚本や上演台本のかたちで執筆された文学作品のことかな

授業をしている講師「そうだよね。大正時代の戯曲は、何があるか分かるかな

授業を受けている生徒「大正時代の戯曲は、1918年、鈴木三重吉が書いた「赤い鳥」かな」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1918年、鈴木三重吉が書いた「赤い鳥」のことを何と言うか答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「1918年、鈴木三重吉が書いた「赤い鳥」は、演劇の上演のために執筆された脚本や上演台本のかたちで執筆された文学作品。演劇の上演のために執筆された脚本や上演台本のかたちで執筆された文学作品のことを戯曲と言う。なので、正解は、戯曲

授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の文学を押さえるについて話しました。次回は、昭和時代の文学を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<大正時代の戯曲について>
「赤い鳥」→1918年、鈴木三重吉が書いた

基礎国語ブログ2

【基礎文学史講座:36講】大正時代の文学を押さえる

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 今回は、「大正時代の文学を押さえる」について話して行きます。

基礎国語ブログ9

授業をしている講師「前回は、大正時代の口語自由詩を押さえるについて話しました。大正時代の口語自由詩は、何があったかな

授業を受けている生徒「大正時代の口語自由詩は、2つあった。1つは、1914年、高村光太郎が書いた「道程」。もう1つは、1917年、萩原朔太郎が書いた「月に吠える」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、出典:「月に吠える」と書かれ、「月に吠える」を書いた人名を答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「「月に吠える」は、1917年、萩原朔太郎が書いた。なので、正解は、萩原朔太郎



授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の大長編小説を押さえるについて話します。早速だけど、大正時代の大長編小説は、何があるか分かるかな

授業を受けている生徒「大正時代の大長編小説は、1921年、中里介山が書いた「大菩薩峠」かな

授業をしている講師「そうだよね。例えば、「大菩薩峠」は、1921年、司馬遼太郎が書いたと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「司馬遼太郎は、1962年、「竜馬がゆく」を書いた。「大菩薩峠」は、1921年、中里介山が書いた。なので、正解は、

授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の文学を押さえるについて話しました。次回は、大正時代の文学を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<大正時代の大長編小説について>
「大菩薩峠」→1921年、中里介山が書いた

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【基礎文学史講座:35講】大正時代の文学を押さえる

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授業をしている講師「前回は、大正時代のアララギ派を押さえるについて話しました。大正時代のアララギ派は、何があったかな

授業を受けている生徒「大正時代のアララギ派は、1913年、斎藤茂吉が書いた「赤光」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、「私は、1⃣の短歌論を受け継いだ写実主義・生活密着を重視した作風で1913年、「赤光」を書きました」会話の人名・主義を答えなさい。また1⃣を埋めなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「1913年、「赤光」を書いたのは、斎藤茂吉。斎藤茂吉は、アララギ派。アララギ派は、正岡子規の短歌論を受け継いだ写実主義・生活密着を重視した作風のこと。なので、正解は、斎藤茂吉・アララギ派・1⃣は、正岡子規



授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の口語自由詩を押さえるについて話します。早速だけど、口語自由詩とは、何か分かるかな

授業を受けている生徒「口語自由詩とは、音数にとらわれず自由な形式の詩のことかな

授業をしている講師「そうだよね。大正時代の口語自由詩は、何があるか分かるかな

授業を受けている生徒「大正時代の口語自由詩は、2つある。1つは、1914年、高村光太郎が書いた「道程」。もう1つは、1917年、萩原朔太郎が書いた「月に吠える」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、明治時代には、二葉亭四迷が「浮雲」を1⃣で書いた。大正時代では、萩原朔太郎が「月に吠える」を2⃣で書いた。1⃣2⃣を埋めなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「二葉亭四迷は、「浮雲」を言文一致体で書いた。なので、1⃣は、言文一致体。萩原朔太郎は、「月に吠える」を口語自由詩で書いた。なので、2⃣は、口語自由詩。正解は、1⃣は、言文一致体・2⃣は、口語自由詩かな



授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の文学を押さえるについて話しました。次回は、大正時代の文学を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<大正時代の口語自由詩について>
「道程」→1914年、高村光太郎が書いた

「月に吠える」→1917年、萩原朔太郎が書いた

基礎国語ブログ2

【基礎文学史講座:34講】大正時代の文学を押さえる

 こんにちは。

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 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「大正時代の文学を押さえる」について話して行きます。

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授業をしている講師「前回は、大正時代の自然主義を押さえるについて話しました。大正時代の自然主義は、何があったかな

授業を受けている生徒「大正時代の自然主義は、1929年、島崎藤村が書いた「夜明け前」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、フランス・ロシアの自然主義文学の影響によって、人間社会の暗い現実の姿をありのままに映し出そうとした作品を何主義と言うのか答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「フランス・ロシアの自然主義文学の影響によって、人間社会の暗い現実の姿をありのままに映し出そうとした作品を自然主義と言う。なので、正解は、自然主義



授業をしている講師「正解。今回は、大正時代のアララギ派を押さえるについて話します。早速だけど、アララギ派とは、何だったかな

授業を受けている生徒「アララギ派とは、正岡子規の短歌論を受け継いだ写実主義・生活密着を重視した作風のこと



授業をしている講師「そうだよね。大正時代のアララギ派は、何があるか分かるかな

授業を受けている生徒「大正時代のアララギ派は、1913年、斎藤茂吉が書いた「赤光」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、斎藤茂吉は、明治時代、アララギ派ではなかったと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「斎藤茂吉が「赤光」を書いたのは、大正時代。しかし、斎藤茂吉は、明治時代からアララギ派だった。なので、正解は、

授業をしている講師「正解。今回は、大正時代の文学を押さえるについて話しました。次回は、大正時代の文学を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<大正時代のアララギ派について>
「赤光」→1913年、斎藤茂吉が書いた

基礎国語ブログ2