こんにちは。

 「基礎国語ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「昭和時代の文学を押さえる」について話して行きます。

基礎国語ブログ9

授業をしている講師「前回は、昭和時代の戦争文学(国策文学)を押さえるについて話しました。昭和時代の戦争文学(国策文学)は、何があったかな

授業を受けている生徒「昭和時代の戦争文学(国策文学)は、1938年、火野葦平が書いた「麦と兵隊」

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1938年に書れた「麦と兵隊」の作者名を答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「「麦と兵隊」は、1938年、火野葦平が書いた。なので、正解は、火野葦平



授業をしている講師「正解。今回は、昭和時代の無頼派を押さえるについて話します。早速だけど、無頼派とは、何か分かるかな

授業を受けている生徒「無頼派は、第二次世界大戦後、近代の既成文学全般への批判に基づき、同傾向の作風かな

授業をしている講師「そうだよね。昭和時代の無頼派は、何があるか分かるかな

授業を受けている生徒「昭和時代の無頼派は、1947年、太宰治が書いた「斜陽」かな

授業をしている講師「残念ながら、昭和時代の無頼派は、「斜陽」以外に1つある。「斜陽」以外の1つは、1946年、坂口安吾が書いた「白痴」だよ

授業を受けている生徒「なるほど」

授業をしている講師えば、太宰治は、何派が答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「太宰治は、第二次世界大戦後、近代の既成文学全般への批判に基づき、同傾向の作風の無頼派。なので、正解は、無頼派

授業をしている講師「正解。今回は、昭和時代の文学を押さえるについて話しました。次回は、昭和時代の文学を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<昭和時代の無頼派について>
「白痴」→1946年、坂口安吾が書いた

「斜陽」→1947年、太宰治が書いた

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